アール・エイチ・ワイ音楽教室
OPEN 10:00~22:00

藤森 幸栄 ドラム講師

私と音楽

私の家は岡山の田舎町の魚屋でした。
昔の魚屋ですから、斜めになったガラス張りのショウケースに氷を張って、魚を並べてあるわけですが、ケース横が縁台の様な具合にちょいと高くなっておりました。
親の話では、幼少の私はここに立ち、お客さんを相手に流行り歌を熱唱し、お菓子などをもらっていたそうです。
今思えば冷や汗が出ます。

私の母が何でもかんでも保存する人で、ある日物置から私が小学校低学年の頃書いた譜面が出てきた事があります。
PTAのお知らせの裏に書かれたその歌は、決して譜面と呼べるものでありません。
縦書きで流行り歌の歌詞を真似たものが書いてあり、その横にカタカナのドレミでメロディーが書いてあり、そのまた横にタタタンなどとリズムの様なものが書いてあり、そのまた横にひどいバランスのお姫様の絵が描いてあり、ご丁寧にサインまで書かれていました。
もちろん即座に母から取り上げました。
冷や汗が出ました。

私が音楽を始めたのは二十歳から、という事にしていますが、正確には19の時にとある市民吹奏楽団に在籍しておりました。
友達に連れられて入ったは良いのですが、何の楽器が出来るでもなく、役立たずのまま、コンクールとなり、フェスティバルホールに立ちました。
いよいよ役に立たない為、曲の最後に1回だけシンバルを打ち鳴らすのが私の仕事でした。
5分間ただただシンバルを抱えて仁王立ちし、ひきつった顔でジャーンと一発、どうにか演奏は終了し、結果発表となりました。
審査員のキダタロー氏のコメントは「シンバル、重そうですね」でした。それだけでした。

練習を重ねてきた団員の皆さんにあまりにも申し訳なく、穴があったら入りたい気持ちでした。
だからこれは私の音楽歴には入れない事に決めました。ないしょです。

心を入れ替えた私はこの後音楽学校へ入学しました。
楽器はドラムと決めていました。
まるで要塞の様な佇まいといい、戦車の様なロックドラムの重低音といい、真にもってカッコ良かったからです。
ただ間違っていたのは、ジャズ学校に入学した事でした。
おかげで予定外の事を沢山学びました。
結果オーライ、っていうやつです。

既に達者な演奏をする同輩達の中、右も左もわからない素人の私でした。
しかし何も知らないと言うのは拘りも無い訳で、また、出来の悪い子ほど可愛いというやつか、先輩や先生に手取り足取り助けていただき、そこそこドラマーらしくなりました。

調子に乗って作曲や編曲なども学び、バンド活動なども始めました。
バンドというのは、始めてみると面白いもので、自分の音だけでなく、他の楽器の音がよく聴こえてくるようになります。
時には、「ああ、今日の彼女は体調が良いらしい」とか「あっ、彼はお腹が空いてるな」とか、どうでもいい事までわかることもあります。
どうやらメンバーもわかっている様で、ヘコんでいる時は、笑わせてくれたりもします。
自分の不調をみんなが助けてくれるのです。
これはなんとも有難いことです。

もちろん他の楽器もそうですが、ドラムは仲間とどんどん仲良くなれる楽器なんじゃないかなと思います。

そんなこんなで、「楽しい」が止められない私です。
だって「音楽」っていうくらいですものね!

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