アール・エイチ・ワイ音楽教室
OPEN 10:00~22:00

佐藤 愛未 (株)アール・エイチ・ワイ 調律師・音楽教室部門 担当

今の私のもとになっているもの

 私が初めてピアノに触れたのは幼稚園の年少の頃、近所の音遊びの教室でした。ピアノの演奏に合わせて歌を歌ったり体を動かしたりする教室で、母が、おとなしかった私に友達ができるようにと通わせたようです。その延長で、同じ教室でピアノも習い始めました。
 その頃のことはほとんど覚えていないのですが、強く印象に残っているのは、背の小さかった私が黒く大きなアップライトピアノを見上げた景色と、先生が厳しくて泣いた事もあったなぁ、ということです。

 幼稚園の年長になった頃、友達が通っている別のピアノ教室のレッスンについて行ったことがありました。そこは女性の先生が自宅で開いている教室で、友達のレッスンの後にジュースやおかしをご馳走になりました。そのことがとっても嬉しかった私はその後すぐに、この教室に通いたい!と母にお願いし、教室を移ることになりました。
 この教室に通うことで20歳までピアノを習い続けられたと、今になって思います。

 小学5年生の頃には、両親がアップライトピアノを購入してくれました。それまでは貰い物のエレクトーンで練習していたのですが、鍵盤の数が足りなくなってきたことや、真剣に練習をし始めた私を見た母が父に相談して買ってくれたそうです。嬉しくて練習にも力が入るようになり、自分の弾きたい曲もだんだん弾ける様になってきて、ピアノがどんどん好きになっていきました。

 高校受験の時期には、まだ将来の夢や仕事についてはっきりとした希望がなく、商業高校への進学を決めたのは、資格がいろいろ取れたらいいなという軽い気持ちからでした。また、小・中学時代にパソコンの授業が2、3度だけあり興味を持っていたので、パソコンの授業の多い学科を選びました。
 通常の授業や簿記に加え、プログラミングや実際の商品売買の流れを実践する授業等がありましたが、今となってはあまり覚えていません。ただ、パソコンの入力速度が入学当初よりは速くなり、ワードやエクセルの使い方を覚えられたことは、今の仕事でも役に立つことが多くてよかったと思います。

 高校3年も半ばになり進路を決めなければいけない時期になった時、ピアノの演奏家を目指す事も考えました。ですが自分の腕前を現実的に考えると無理だと思い、出来るなら将来の職業に繋がり、ピアノや音楽にも携わっていくことのできる調律師を目指すことにし、調律師を養成する専門学校への進学を決意しました。

 

ピアノ調律師になるまで

 入学した学校は、大阪で唯一ピアノ調律専攻のある専門学校です。学校に入るまではピアノの内部のことなんて全く知りませんでしたし、絶対音感が無いからか、調律する前と後の違いもあまりわかりませんでした。
 専門学校に入り勉強や練習を重ねて音の違いが徐々にわかるようになりました。整調や修理の授業は地味な作業がほとんどでしたが、自分に合っていたのか、実際に一つ一つの調整を目で見て体を動かし授業をするというのも楽しかったです。

 専門学校での2年間を修了し、その後すぐアール・エイチ・ワイへ入社しました。今年で5年目になります。

これからも研鑽を積み、演奏する方の希望に寄り添った調整ができるように心がけていきたいです。

 

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アール・エイチ・ワイ音楽教室 クラシック科では、クラシック音楽を重視したテキストおよびオリジナルのテキスト(どちらもパブリックドメインが基本)を使用してレッスンを行っています

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